1. 大阪トップ
  2. コスメドレッシング
  3. エッセイ
エッセイ

ずっと待ち続けていた言葉

2018/8/17

「こういった商品が欲しかった。」「こんなサービスを求めていました。」
まぶしい日差しの中、真剣な眼差しで言ってくれる方々。

私はこの言葉を待っていた。8年間、ずっと。

お店のスタートは2010年12月。「おおきに~」の文化が根付く場所・関西。私が『アロマとコスメのスクール&サロン アロマドレッシング」を立ち上げたきっかけは、化粧品会社で美容部員をしていた時代にさかのぼる。

隙のないメイクに、華やかな制服。だが、夜になり髪をほどいた瞬間、カウンター越しでは聞くことがない本音トークが私の元へ集まる。「ニキビがあるのだけど、このスクラブは使っていいの?」「目元のシワ、どうしたらいい?」

みんな、聞きたいことがあっても聞けないんだ。アドバイスをしながら、カウンターの敷居をなくしたサービスが出来たらいいな、と思った。知りたいことが何でも聞けて、本当に欲しいものだけを購入できるお店。いつか作りたいな、と。
退社後、個人事業をはじめる。興味があったアロマの資格も取り、コスメと両方教える環境を整えた。サロンの部屋を完備。大きめの鏡・数々のアロマを揃えた。

アロマやコスメ初心者が気兼ねなく集まれる場所。アロマオイルの垂らし方、アロマの基となるハーブをちぎったり、香りを嗅いだりして五感で楽しめる講座。メイクは、その方のクセに合わせてファンデーションの塗り方からレクチャーした。

最初は、お客様がなかなかこない。そのうち、昼は自営業。夜は近隣のスーパーでパートという掛け持ち生活がはじまる。そんな状態をみかねて、友人が仕事をふってくれるように。ありがたい。いつしか副業と併せて、生活が成り立つようになった。

事業途中、4年目で転機を迎える。兵庫県の環境事業に携わることになった。地域資源を活用し商品化している会社や団体。そこへ取材に行きレポートにまとめるのが私の役割。月一ペースで、県内をまわった。時代の変化で、流通しずらくなった地元緑茶を和紅茶へと製造販売している団体。遊休地を活用し地元住民とハーブを栽培している会社。食用として使用されることが少なくなったみかんをアロマオイルにしている会社。取材を通し様々な方と出会った。

共通しているのは、出来る限り農薬を使わず自分たちの手で栽培。雑草は手作業で抜く。その土地で育てたものを商品化。大量生産はしない。

確かなものがそこにはあった。

こんなに良い商品が、こんな地元にとって良い活動をしている方々が世の中に知れ渡っていないのはなんで!?そんな気持ちでいっぱいになった。取材後、アロマドレッシングで取り扱いたいと申し出た。この目で農地を確かめて、生産者と話しあった温かみのある地元産アロマやハーブなどの商品がたくさん集まった。それらをアロマの講座やサロンのトリートメントでも取り入れるように。屋号も「国産アロマとハーブのスクール&サロン アロマドレッシング」へと変更した。

昨年、5月。家庭の事情で東京へ。スクール&サロンも、そのままの形で移転。地元産のアロマやハーブなどの商品も家族と同じ感覚で一緒に連れてきた。

新天地でOからのスタート。お客様はいない。まずお店の存在を知ってもらわなくては、と様々なイベントに出ることに。初出展は、お客様からどんな反応がかえってくるかドキドキした。自分が良いと思っている商品やサービスは、自分自身が満足しているだけで本当は他の人には必要と思われていないのでは?と不安もよぎる。

とあるイベント。お客様の反応があったのは昼過ぎあたり。朝に来られたお客様が、ご友人にすすめてくださったり、もう一度足を運んで下さる方が続いた。

「お友達から聞いて、いいブースがあるよ~と教えてもらいました!」と。
取り扱っている商品やサービスを必要としてくれる人がいる。不安が確信へと変わった。あの、まぶしい日差しの中で戴いた言葉が今日も励みになっている。

なぜなら、ずっと待ち続けていた言葉だったから。

エッセイ | コメント (0)

エッセイ

介護ノート その2 今も後悔していること。

2017/12/19

4年前、祖母の在宅介護を終え今何を思うのか。1年毎に、後悔の念(あの時もっと○○すれば良かったetc)はなくなっていったけど。今も、変わらず後悔していること。

それは、最期を迎える場所をきちんと話しあえなかったことです。

話はさかのぼるのですが、祖母の胃癌が再発し「あとは自宅療養で」と医師に告げられました。それは次回、病院まで行ける体力が残っていないことを意味します。

ぽか~んとする祖母を見て、医師は「○○さん、最期はどこで迎えたい?」と尋ねました。笑ってごまかす祖母。最後には「私、まだ生きますもん!!」と。

医師は、諭すような目で「そうじゃなくて!!○○さん、ほんまに最期はどこで迎えたいかきちんと考えておいた方がいい」と告げました。気が強く、天真爛漫な祖母は「考えておきます」とも言わない。

帰宅してからも「あ~あ、先生あんなん言うから私はショックやわ~!!」と言いながら、バラエティー番組を観てツッコミを入れたり。笑ったり。変わらない日常に忙しい。なんだか、余命宣告を受けた人に思えない。

もらった緩和ケアを目的とした病院の一覧表。長年、定位置であるベッドに腰をかけテレビを観る祖母。緩和ケアが受けれる場所がいいのか、在宅がいいのか。私は本人に聞けずじまいだった。

聞けなかったのは、祖母がすねて、答えてくれないと思ったから。
祖母も、面と向かって言いたくなかったんだろうと思う。
変な遠慮のかたまりとプライドで、家族として最期を迎える場所をお互い「言葉」にして決めれなかったのを今も悔やんでいる。

悔やんでいるのは、これで(在宅介護)よかったのかな?と思っているから。本人が「在宅介護の方がよい」とはっきり言ってくれたら、今もこんなに気持ちを引きずっていなかったと思う。

在宅介護中、寂しいのか夜中に何度も呼び出し音を鳴らす。「これが、病院だったらすぐに看護師さんが来てくれるのに!遅い」と怒る。プイと、横を向いて「こんなんだったら病院がいいわ!」と。

本心なのか。ただ、すねているだけかは分からないけど。そういう事があったから、本人の意向に沿った最期の場所はどこだったのだろう。という疑問詞が今もある。

はじめから我が家は、在宅介護ありきで進んだ訳ではなく、決めれないまま在宅介護がはじまった。というのが正しいかもしれない。縁あって、このブログを御覧いただいてこれから、そういう状況になりそうな方。

きちんと、家族として向き合い最期を迎える場所を決めて欲しいなと願っています。

人間生まれてくる場所は決めれないから、せめて最期は自分の意思で最期を決めれる権利があってもいいんじゃないかなあ。現実問題、周囲の状況で難しい部分がたくさんありますが。

自宅での最期。病院での最期。
他のご家族の方はどうされているのかな!?どう考えているのかな!?と思って、当時に情報を集めたことがあります。

<2012年国内データー>
全国で12%にあたる人が自宅で最期を迎え残りは全部病院で最期を迎える。10人に1人の割合で自宅で最期を迎える。
<1950年国内データー>
自宅で亡くなった割合は80%。病院ではおよそ10%以上。

昔は、ほとんどの人が自宅で家族に見守られて亡くなるパターンが多かった。

<海外データー>
オランダという国では、病院で最期を迎える割合は35% ケア付き住宅(老人ホーム)32% 自宅31%。北欧でもほぼ同じ割合。非常にバランスが良くて、突出して高い数値もない。これは最期を迎える場所を本人や家族が安心して選択できる社会や環境がその国に整っているからだと思う。本当はこれが理想の形だと感じる。安心して「ここで最期を迎えたい」と決めれる場所が選択できる。

日本では、まだ安心して選択できる。というものがないような気がする。そう選択せざるをえない選択をするという感じで最期を迎える場所が決まってしまうパターンが多い。介護、家族間の人手、在宅においては病状が悪化した場合の医師との連携や、医療設備の導入などまだまだクリアになっていない問題が多い。このへんが少しでも解決されると「自宅で最期を迎えたい」「ケア付き住宅で最期を迎えたい」「病院で最期を迎えたい」最期の残された時間を本人が周りに遠慮せずに選択できる場所が増えていくと思う。

長文でしたが、ご覧下さりありがとうございます。
平成26年度の厚生労働白書
最期を迎える場所~希望と現実のデーターがリアルでしたので、こちらもご紹介させて下さい。

平成26年版厚生労働白書
図表2-4-3  最期を迎える場所~希望と現実
www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/backdata/1-2-4-03.html

エッセイ | コメント (0)

エッセイ

介護ノート その1

2017/11/30

先月は祖母の命日で実家に帰省していました。
「もう4年になるのか」という思いです。

傷んだ畳も新しく張り替えて、祖母のベットがあった場所はもう違うものがあって。
最初は落ち着かなかった感覚が、年数が経つにつれ慣れてきた自分を薄情者かな。あるいは、これが普通なのかなあと戸惑っています。

介護そのものは、4年前にお役目を終えました。だけど、喉に引っかかっているものがずーっとあって。それは介護認定制度をはじめとする制度的なジレンマだったり、当時、同じように介護をされている方の大変さだったり。

表向きに知られている介護と、その実情とでは大きな隔たりがあるように感じました。

なので、その後も介護系のセミナーに参加したり 在宅介護を推奨しているドクターの講演会に出掛けては情報収集していました。

在宅介護を終えたとき、一人の友人に言われたことがあります「私も、いつかおばあちゃんを介護してあげたいと思うのだけどできるのかなあ?」と。

なんか、この言葉がとてもおだやかで優しく自分の心に響いてきたことを覚えています。

介護を考えている方、あるいはそういう状況の方に少しでも役に立つことができれば。。。と、当時の情報を公開することにしました。今後はカテゴリーのエッセイで少しづつですが記事をアップしていきたいと思います。

画像は在宅介護時代に使用していた連絡ノート。主治医、ケアマネ、訪問看護師、訪問入浴チーム、ヘルパーさん、私の総勢12名で回していた交換ノートです。なぜ、交換ノートを取り入れたかも書き綴っていきますね。

ちなみにこのノートは私が小学生時代、福袋に入っていた景品をずーっととっておいたものです。こういう時に使うとは当時は予想もしていなかったなあ。

エッセイ | コメント (0)

エッセイ

ラストのお洒落 その2

2010/10/3

「ラストのお洒落が出来ていない!」
そう、先生がおっしゃった言葉は
皆がきちんとした規定の身だしなみで来ていなかったからだろうと
<学校で例えると、風紀が守られてなくて生活指導の先生が怒るみたいな。。>
思ってたのですが、違うんですね。(もちろんそれもあるのですが)

「何で香りをもっと大事にしないの!?どんなにキレイなメイクをしても
キレイな髪型をしても香りを付けてなかったら全てが台無しになってしまう!」

「香りは、その人の大事な個性です。お客様から見たときも
あーあの方、素敵な香りがしたなーと後で存在を残します。
フワフワ漂ってきてました。
○○のフレグランス=○○先生というイメージが一緒に結びつくくらい。

「わたしは、全ての身支度が整ったら必ずフレグランスを最後につけます。
そして、電球の周りにもシュッ!とひとふき」

えっ?電球の周りにシュッ?と思ったんですが
理由があるんですね。

先生には、家庭があって旦那さん子供さんもいる。
だけど役職柄、家を空けることや帰宅が遅くなることが多いんだとか
そういう時、まっ暗闇の中ではじめて電球をつける人が寂しい気持に
ならないように。また、自分が家を空けている時に香りで存在を残すように
する為なんだそうです。

わたしはこの方法を試したことがないんですが
に香水をふきつけると、電球をつけたときの熱でフワっと香りが広がるそうです。

街を歩いていて、先生の付けていた香りがすると
振り返ることがあるんですね。
その度に、思い浮かべます。お元気にされているのかと

エッセイ | コメント (6)

エッセイ

ラストのお洒落 その1

2010/10/2

昨日、10月1日は
「香水の日」でした♪

今日は、そんなフレグランスにまつわる話を。

「ラストのお洒落がきちんと出来ていない!」
わたしが、美容部員をしていた当時
そのセリフが口癖だった美容部長のH先生。
フレグランスというと、必ずH先生の事を思い浮かべてしまいます。

H先生は、全国を飛び回っている方で
地方毎のイベントがある度に
各支店を回って美容部員の指導にあたっていました。

なので、事前に先生が来られると分かっている日は
皆、メイクや髪型は相当気合いが(笑)

一人一人、先生の前で身だしなみをチェックされる訳ではないのですが
さりげなくチェックが入っているなあーという視線を感じるからです。。。

支店全員の美容部員が集まっていて
見回したところ、皆の身だしなみは完璧!?だったので
多分、何も言われないだろうなあーと思っていると

「ラストのお洒落がきちんと出来ていない!」
みんな一斉に、ハッ!と
メイクや髪型に一生懸命になってしまい
メイク、髪型(髪の色も含む)、
爪先(マニキュアがきちんと塗れているか。爪は伸びていないか)
最後に香水をつけていること。まで入っているんです
もちろん仕事で店頭に出る時も、ここまで出来ていないと叱られます。。
フレグランスやネイルを扱っていないメーカーさんは、どこまでの
規定があるか分かりませんが

エッセイ | コメント (0)

エッセイ

心の引き出し その3

2009/8/4

新卒で美容部員として入った化粧品会社を退職する際
Aさんからこう言われました

「あなたは、不思議な魅力を持った子だった
特に目立つタイプでもないし、通り過ぎた瞬間 振り返るほどの容姿でもない
でも、なぜか気になる存在だった」

今となれば、ちょっと失礼な!と思う部分があるんですが(笑)

Aさんは、営業を統括する役割で
美容部員とは直接ぢわりがあまりない人だったんですね
でも、言葉は少なくても
表情や何気ない一言の交わし方で
一人一人の営業マンや美容部員の様子を見ていたんじゃないかなーと思います

美容部員も会議などで集まれば何十人、何百人にもなり
やっぱり目立つ人 キレイな人に目がいくんですね。

「なんで、そういう子達と同じくらい
気になるのかなあーと考えていたら、話した時に気づいた
この子「心の引き出し」を持っているんだって」

「何か、こういうアイデアないかなーという時に
手品を見せるようにポンポン色んな考えを出してくるし、見せてくる。
かと思えば、ずーーっと悩んでいたことが、あなたの一言で
えっ!?わたしこんなしょうもない事で悩んでたの?と呆気にとられることがある。あなた自身の好奇心旺盛な性格もあるけど
多分、同世代の子に比べて 小さい頃から色んな経験をしてきたと思う
何かの時には、その引き出しが色々とあって
それはあなたの一番の強みだと思う 大事にしなさい。」

最後に
「気付けば、あなたに助けられたことも多かった。感謝しています。」

Aさんとは、20ほど歳が離れていたのですが
そういう風に褒めてもらったことが
とても嬉しかったのを覚えています。

「心の引き出し」はその当時、よく分からなかったのですが
20代後半ぐらいから、このことかなあーとわかるようになりました。
困ったときは、その引き出しを開け閉めして

だけど、今回はどの引き出しを開けても
ヒントはありませんでした。
だから長引いたのかなあ。。。

わたしは、新しい引き出しを一つ作ることにしました
多分、これから色んなものを入れなくちゃいけないから
人から見たら無色透明で、何もないやん!と思われるかもしれませんが
これで十分です♪

大好きな化粧品を通じて、色んな方に何かを与えられたらと思ってます
それは今後も変わらないしますます頑張りますよ♪

なので、今後も変わりないお付き合いを宜しくお願いします♪

エッセイ | コメント (12)

エッセイ

心の引き出し その2

2009/8/3

そういう中、自分の心の支えになっていたものが2つありました。

一つは化粧品
正直、洗顔をするだけでいっぱいいっぱいの気持でした。
それでも外に出なければならない用事がある。。。
ノーメークで、楽な服を着ていこうとも思ったけど
「いつもの自分と同じでありたい わたしは負けたくない」
そんな思いで、メイクブラシを必死で握っていたんですねえ
手はプルプル震えるから、時間はいつもの倍以上かかってたと思います

会った時
「この人、大変な時期なのに
なんでメイクしたりして余裕があるの!?」と密かに思ってた人もいたかもしれません

だけど、「よかった。。。。ホッとしたよ。。。 
きっと悲惨な姿で来ると思っていたから
最初に、どういう言葉を掛けようかと考えてた」
そういう風に、胸をなでおろして安心される方が多かったんですね。

メイクをしっかりしている間は
取り乱すこともなく、気丈な自分でいれたし
冷静な判断も出来た

だから私は、化粧品に感謝しているし
大好きなんだと思います

もう一つは、化粧品会社を退職するときに
上司から贈ってもらった「心の引き出し」という言葉
これが一番、大きかった。
多分、こういう言い方で 褒めてくれる人は
今後もう現れないだろうなあーと思っています。
 

エッセイ | コメント (2)

エッセイ

心の引き出し その1

2009/8/3

気づけば、カレンダーは8月
ゴメンなさい

次回にまた!と書いて以来
3週間近くになるのかな。。。
今まで、どんなに長く休んでも
3日ほどで戻ってきていたので

「どうしたの!?」と
気にして下さった方もいたと思います
友人からもメールを頂いたりしたので
ああ、、色んな人に色んな思いを抱かせてしまったなあ。。。と反省
ご心配おかけ致しました。

実は、この三週間
色んなことがありました

とても濃くてパンパンにつまった毎日で
たっくさーん泣いて、たくさん悩んで、
たくさん情報叆するのに必死でした。

人生、生きていれば何かあるのは当たり前のことなんですが
人って晪の暮らしに慣れすぎていると
そのことを忘れてしまうのかもしれません
家族や周りの皆で挨拶を交わしたり、笑いあうことも
にくまれ口を叩き合う事も、怒ることも 
日々におきかえると
至ってふつうな毎日だけど

晪であることは、とても幸せなこと

たくさん泣いて、たくさん悩むってことは
わたし今まですごい幸せだったんだなっーて
何で気づいてなかったんだろうって

物事がおさまった後
そう考えると、涙がボロボロ止まりませんでした。

エッセイ | コメント (0)

エッセイ

妻・母であり、女性である事。2

2008/5/25

「ハイ!終了ーです!」カメラマンの一言

「お疲れさまでしたっ!」パチパチパチ☆
たくさんの拍手と労いの言葉がスタジオに響きます
あー無事に終わって何より!と皆ホッとした所で
突然、岩崎さんの目から涙がポロポロ。。。。

「どうかされましたか?」スタッフの一人が声を掛けました。

「こんなにキレイにしてもらって、、」
涙につまりながら続きます。
「子供や、主人に手を掛ける分 気づいたら
自分の事はいつも後回しになって簡単にすませていた。
私の為に、たくさんの人が動いてくれて
手を掛けてもらった事がすごく嬉しくて」

それを聞いて切なくて、胸がいっぱいになりました。
今まで仕事や家事、育児、一生懸命されてきたんだろうな、、と。

女性って一生を通して、環境が変わりやすいと思います。
若い頃は自分の為にかけていた時間が、家族を持つと
自分よりも家族優先に。

妻・母であり、女性である事。
家族でいると見過ごしがちな
妻・お母さんは同時に「女性である」事を、旦那さんや
身内の誰でもいいから気づいてあげれたら何かが変わるんじゃないかな?

そして、お母さんが
「キレイになる時間、ホッと一息つく時間」を
少しでもいいからご本人も含め
周りが(特に家族)作ってあげて欲しいなあと願いました。

エッセイ | コメント (4)

エッセイ

妻・母であり、女性である事。1

2008/5/25

一昨日、凄い雨が降っていましたね。
あの時も、強烈な雨だったなーと思い出した事がありました。
今日は、すこし昔話をさせて下さい♪

とある雑誌のお仕事で、読者モデル大変身!というメイク企画で
スタッフの一員として参加した時のことです。


結構、時間をかけて作られているものだなーと
私、この時初めて知りました

まる一日、写真スタジオを借り切って
カメラマンやメイクアップアーティスト、スタイリストや
コピーライター。その他大勢のスタッフー!
スタジオ内は熱気ムンムン
外は土砂降りだからか、湿気がこもって余計に暑いっ!!!

公募で選ばれた読者モデルの岩崎さん(仮名)は、兼業主婦で
二人の小さなお子さんがいらっしゃる方
事前に写真で拝見した通りの
笑顔がとてもチャーミングで、優しい雰囲気が漂う感じでした。
普段、メイクはほとんどされていないそう。
同じく写真に目を通していた
メイクアップアーティストの先生も
「この人の個性を生かして、キュートで可愛らしいイメージにしたいね♪」と
ピンク色を多く取り入れたメイク商品を使っていきました。

メイクのパワーって凄いですね!
目元や口元に色をのせていくと
最初は緊張していた岩崎さんの
表情まで生き生きと変わってきます♪

エッセイ | コメント (0)

  1. 大阪トップ
  2. コスメドレッシング
  3. エッセイ

サンケイリビング小学生新聞

サンケイリビング小学生新聞
2019年 春号

電子ブックを読む



会員登録・変更