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【第9回】大泉利夫さん<This is 鶴見人>

利便性の良さと住みやすさで、今、注目の街「鶴見」。<This is 鶴見人>では、その魅力を鶴見に縁のある皆さんにお聞きし、リレー形式のインタビューでつないでいきます。

resize_鶴見人_小野さん

【第9回】
大正13年創業の経師店・大泉利夫さん
昔も今も鶴見は”にぎやかな街”

鶴見区の仲通で戦前から経師店を営んできた大泉さん。戦前・戦後の商店街の移り変わりを教えてくれました。

鶴見人_大泉さん大泉利夫さん

「子どもの頃の仲通商店街は、店がずーっと続いていて、それはそれはにぎやかでした。八百屋、おもちゃ屋、本屋、飲み屋など、いろいろな商店がありました。本町通商店街と並んで活気がある商店街でしたよ。商店街の縁日なども楽しかったですね。今も6月になると潮田神社で大きな祭りがあり、街がにぎやかになります。潮田神社は昔、二つあったんです。いつしか二つが一緒になって、今の大きな潮田神社になったという歴史があります。

この場所は戦時中、空襲であたり一面が焼け野原になってしまい、家族で綱島に疎開していました。私の父親は、疎開先の綱島から自転車で鶴見まで通い、終戦の翌年には店を再興しました。二階建ての窓から富士山が見えたくらい、周辺に高い建物がなかったんですよ。鶴見駅周辺にも屋台が並び、何かあればみんなが助け合って暮らす、人間味のある街でしたよ。

また、潮鶴橋から鶴見産業道路までの「潮風大通り」は、名称が何度も変わっているのを知っていますか? 「20軒通り」と呼ばれたり、道路幅が36mあったことから「三十六米(メートル)道路」と呼ばれたり。以前は住宅が密集した地域でしたが、道路を拡張するために、何軒もの家が移転して、今のように大きな道路ができました。仲通商店街も今ではバスが通っていますが、昔はもっと道幅が狭かったのですよ。商店街としては道幅が狭い方が、あちこちと買い物がしやすかったしれませんが(笑)。

交通網が整備され、昔とは景色が変わってきましたが、新しい住民も増えて、よりにぎやかな街に変わっていくといいですね」

大泉俊夫さん
大泉経師店代表取締役。鶴見区消防団の副団長として長年、防火防災に尽力

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